新型コロナウイルスがなければ、2020年最大の地政学イベントとなるはずだったブレグジット。世界で猛威を振るうパンデミックと政治の混乱を背景に、英国を待ち構える未来は、当初の想定とは大きく異なるものへと変化しています。
そして、ここ数十年で最も重大な決別といえるブレグジットは、あまり語られることなく実行されました。英国のEU完全離脱は成功といえるのでしょうか?そして、その影響は?ブレグジット残留派が指摘した通り、英国経済は崩壊したのでしょうか?
これらに対する明確な答えはありません。なぜなら、コロナ危機によって、世界の経済活動が大きな打撃を受けているからです。一方で、ブレグジットが英国に恩恵をもたらしていることを示す兆候が見え始めています。
より正確にいえば、欧州の一部の国は、欧州連合(EU)に加盟しているがゆえに、コロナ危機という前代未聞の局面において身動きが取れない状態にあり、EUを離脱した英国にとっては、この様な懸念とは無縁です。
シニア・エコノミストのディアナ・ムシーナは、ひとつの考え方として、新型コロナウイルスと財政対応という観点から検討する方法を挙げています。
「ユーロ圏には中核となる国が存在し、全ての経済をコントロールしています。しかし、今必要とされているのは、自国の財政赤字や公的債務を巡る対応における柔軟性なのです。」
ギリシャやスペイン、イタリアなど経済力が相対的に劣る国は、債務水準に上限を設けるというルールに縛られています。経済成長を促すために、自国通貨を切り下げることができないのです。
「英国はそもそも、ブレグジット以前から、欧州の経済政策との関わりが薄く、自国通貨ポンドを維持してきた点は賢い選択だったと言えるのではないでしょうか。」とムッシーナは語ります。
「その他主要国と同様に、英国でも、大量の新規国債を発行しており、これを中央銀行が買い入れている状況です。単一通貨ユーロを導入している国々では、容易にこの様な対応をすることは不可能です。」
ユーロという単一通貨が上手く機能していない国は、数多く存在します。
ムッシーナは、「イタリアやスペイン、ギリシャなど、経済難に苦しむ国が世界市場で競争するには、自国通貨が安くなければなりませんが、これらの国では自国通貨を使って経済回復を促すことが出来ません。」と解説します。
直近2か月で若干の下げが見られていますが、通貨ユーロは、ここ12か月間において対米ドルで急上昇しています。自国通貨の上昇は、経済のブレーキ役となります。
「通貨ユーロが好調な理由は、グローバル市場においてドイツが主要輸出国のひとつであるためです。」とムッシーナは指摘します。
「欧州最大・最強のドイツ経済は、自国通貨よりも弱くなっていたであろう単一通貨ユーロの導入から恩恵を受けています。ドイツは、世界トップレベル の経常黒字を維持していますから、自国通貨マルクを維持していたとすれば、マルク高になっていたはずです。」
欧州から独立した立場となったことで、今後英国にとって有利に働くかもしれませんが、これまでのところ、ユーロ圏を上回る様な経済成長は確認されていないようです。
新型コロナウイルスに翻弄された2020年、英国経済の伸びはユーロ圏を下回る水準となり、欧州圏内で最下位に近い内容となりました。しかしながら、これがブレグジットの影響なのか、新型コロナウイルスなのか、それとも他の理由なのかは定かではありません。
ムッシーナによると、「新型コロナウイルスの影響により、ブレグジットが英国経済に与えた影響を見極めるのは、極めて困難となっています。」
「英国経済、そして欧州経済を左右した最大要因は新型コロナウイルスです。経済成長がコロナ危機の影響なのか、またはブレグジットの影響なのか、データからブレグジットの影響を読み取るのは難しいんです。」
ユーロ圏の国々は、経済の起爆剤として自国通貨を切り下げるという選択肢を持っていないことから、その他の取り組みが必要であると、ムッシーナは指摘します。
「何らかの預金保険制度が必要でしょう。国際機関としての強化を図り、財政を巡る決定に対してきちんと責任を負う必要があります。しかしながら、一貫性に欠けているのが現状です。」
一方で、近年においては改善が見られているとムッシーナは語ります。「欧州の失業率は大幅に改善しています。しかし、ギリシャやイタリアといった一部の国は、若年層の失業や銀行セクターなどの問題を抱えています。」
感染第3波が欧州を襲う中、エコノミストらは同地域の成長見通しを下方修正しています。ワクチン供給の遅れを受けて、ドイツやイタリア、フランスを含む主要経済国では、行動・移動制限の厳格化が図られました。
欧州委員会(EC)が2月に発表した予想では、感染拡大を受けて短期的な見通しは悪化しており。今年のEU成長見通しは3.7%、2022年は3.9%となっています。一部の加盟国においては、今年年末までに生産が新型コロナ以前の水準を回復する見通しであるものの、その他、特に観光に依存する国に関しては、回復により時間を要すると見られます。インフレは、抑制された状態が継続する可能性が高いとの見方が示されています1。
一方、英国に関しては2、新型コロナ以前の水準に向けて、2021年を通して力強い経済回復が見込まるとの見方をイングランド銀行(BOE)が示しています。しかしながら、失業率については、今後2四半期にかけて上昇する見通しです。2021年の年明け時点における英国のGDPは、新型コロナ以前を10%程度下回る水準です3。
欧州の成長率は、豪州にとっても重要な意味を持ちます。豪州にとってより規模の大きい貿易相手は英国であり、金やワイン、鉛、真珠、宝石など、豪州総輸出の4.2%を占めています。一方、金や石炭、油糧種子など、EUが占める割合は3%です4。
ブレグジットが成功だったのかを見極めるには時期尚早、かつ新型コロナの影響を受けて困難であるとはいえ、ブレグジット残留派が提議していた懸念の多くは、現実にならなかったと、ムッシーナは語ります。「欧州が低成長という道を歩むことになれば、英国にも影響が及ぶことになります。通貨ユーロを導入していなかったとはいえ、EU加盟国であったのは事実であり、EUの規定による影響を何かしら受けていたはずだからです。」
「英国はまた、EU予算に対する大規模な拠出を迫られる一方で、その活用方法に関する発言・影響力は小さいものとなっていたでしょう。」
ブレグジットのもう一つの恩恵は、新型コロナウイルスのワクチン供給です。
「ブレグジットのメリットのひとつは、国民のワクチン接種といえるかもしれません。英国は、成人の半数に対するワクチン接種を終えています。EUに残留していた場合でも、この様な集団接種の成功を収めていたのかは不明です。」
「英国は独立して行動することが出来たのです。EUを離脱していなければ、英国国内におけるワクチンの大量生産は不可能だったと思います。」と語るムッシーナ。「EU向け供給に支障をきたすと判断し、豪州や英国向けのワクチン輸出を指し止めするなど、ワクチンを巡ってEUが課題に直面しているのは明らかです。」
英国にとって、ブレグジット後の経済的惨事という最も悲観的な観測は実現しませんでした。
「EU離脱後、人々は食料品や生活用品の不足を懸念していましたが、実際のところ、不足には至っていません。より時間を要することから商品が輸送中に足止めされるという点で、生鮮食品に関する規制の一部は若干問題となったものの、これは慣れるまでの初期トラブルと考えて良いと思います。」とムッシーナは指摘します。
しかし、全てが順風満帆かというと、そうではありません。
「英国から欧州への輸出において、金融サービスと保険を中心としたサービス部門には課題があるかもしれません。例えば、ロンドンにおける金融関連の仕事は減少傾向にあり、株取引の欧州最大拠点だったロンドンは最近、アムステルダムにその座を奪われています。新型コロナウイルスの影響を頭において数値を解釈しなければなりませんが、興味深い展開です。」
ムッシーナは、EUの規則・規定の対象外であることが英国にとってプラスに寄与した一方で、経済力に乏しい多くの欧州国は苦しんでいると語ります。
「今後におけるユーロ圏の成長を疑問視する理由は、まさしくこの点にあります。ユーロ圏におけるGDP成長率の中期平均は2%と極めて低く、生産性の伸びも非常に低調です。一部の国では、若年層の失業率が30-50%という極めて高い水準に達しており、とても容認できるような状態ではありません。これら一部の人たちが未来に希望を抱けずに、他国へ脱出するという人口流出の問題も忘れてはいけません。」
ポストコロナの世界において、EU加盟国として受けられる恩恵よりも、柔軟性を欠いたEUのルールからくる課題の方が大きいように見受けられます。運が良かったのか、それとも優れた運営が功を奏したのか、ブレグジットの結果はそれほど悪いものではなかったようです。
そして、ムッシーナの最後の一言が示すとおり、「実際のところ、ブレグジットの経済的影響は、当初懸念されていたほど悪くないという結果に落ち着くのではないでしょうか。」
Story by ショーン・エイルマー
1. https://ec.europa.eu/info/sites/info/files/economy-finance/ecfin_forecast_winter_2021_overview_en.pdf
2. https://www.bankofengland.co.uk/monetary-policy-summary-and-minutes/2021/march-2021
3. https://www.ons.gov.uk/economy/grossdomesticproductgdp
4. https://www.aph.gov.au/Parliamentary_Business/Committees/Joint/Foreign_Affairs_Defence_and_Trade/tradewithUK/Interim_Report/section?id=committees%2Freportjnt%2F024101%2F25066
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