主なポイント
米国大統領選挙は接戦となりました。最終開票結果と法定闘争による予想外の展開がないとは言い切れませんが、バイデン氏が次期大統領となるのはほぼ確実です。
来年1月の決選投票に持ち越しとなったジョージア州の結果によっては、民主党が上院過半数を獲得する可能性が残されているものの、最も確率が高いシナリオは、上院は共和党、下院は民主党が多数派を維持するというものです。
従って、バイデン氏が掲げる増税案が上院を通過するのは困難と言えますが、追加の財政刺激策が打ち出され、貿易摩擦は鎮静化する見通しです。
この様な展開から恩恵を受けるのは、米国株と米ドルよりも豪州株と豪ドルです。
歴史的に、米国株は民主党大統領とねじれ議会の政権下において最も優れたパフォーマンスを記録しています。
はじめに
1930年代以来最悪のリセッション、高い失業率、1968年以来最悪の暴動、新型コロナウイルスの粗末な対応といった状況が示唆する展開に反し、トランプ氏が奮闘を見せた結果、米国大統領選挙は息をのむ接戦となりました。激戦区での開票が継続する中で、バイデン氏は選挙人306人を獲得する勢いを見せ、当選に必要な過半数270人の確保がほぼ確実となったことから、主要な米国テレビネットワーク各社やAP通信はバイデン氏の勝利を報道、バイデン氏も勝利宣言を行いました。一般投票においては、トランプ氏が少なくとも7,080万票を獲得した一方で、バイデン氏は7,520万票(開票はまだ継続しています)を獲得し、トランプ氏と400万票以上の差をつけています。
ジョージア州の決選投票で民主党が2議席両方を獲得した場合、民主党は半数の50議席を獲得することになり、これに次期副大統領ハリス氏の1票が加わると、民主党が上下両院で多数派となります。しかし、ジョージアは共和党州として知られており、議員選挙では上下上両院ともに共和党がリードしていることからも、民主党が1月の決選投票で2議席両方を獲得する可能性は低いと言えます。
従って、最も可能性の高い展開は、大統領に民主党バイデン氏、上院は共和党が多数派を維持、下院は民主党が多数派を維持するというねじれ議会で、民主党が大勝利する「ブルーウェーブ」は期待できそうにありません。
開票の最終結果又は再集計などに基づいてトランプ氏が勝利となる場合(前者の可能性はほぼゼロ、後者も激戦区におけるバイデン氏のリード幅を考えると可能性は低い)、政策に大きな変化はないでしょう。富裕層や企業に対する税率は低い水準が維持され、貿易戦争が一段と激化する見通しです。このシナリオは、豪州を含む米国以外の株式にとって悪いニュースであり、米ドルにとっては対豪ドルや人民元などでポジティブな展開となります。このレポートでは、バイデン氏勝利の主な影響を見ていきます。
バイデン氏の主な政策
税制:現行21%の法人税を28%へと引き上げる(トランプ氏による引き下げ分の半分を巻き戻し)計画で、上限税率を37%から39.6%に戻し、キャピタルゲインと分配金を経常利益として課税対象とします。
インフラ:10年間で1.3兆米ドル規模のインフラ投資を計画しています。
気候変動:化石燃料の料金引き上げと代替エネルギー開発の促進を通じて(炭素税導入の可能性もあり)、2050年までに排出ネットゼロ達成を目標に掲げており、パリ協定にも復帰する方針です。
規制:規制緩和の時代はバイデン大統領政権下で終わりを迎える可能性が高くなっています。
ヘルスケア:オバマケアの強化、医薬品の値上げ制限を掲げています。
貿易・外交:欧州との緊張を鎮めて同盟を再建、世界貿易機関(WTO)など国際機関との協働や、イラン核合意に再び参加するための取り組みを行う可能性が高く、中国摩擦に関しては(欧州やアジアの同盟国との協働を通じた)より外交的なアプローチを採ると見られます。
財政赤字:3兆米ドル程度の追加刺激策を支援すると見られます。
ねじれ議会から予想される展開
- 上院通過が難しいことからも、バイデン氏が掲げる増税案が実現する可能性はほぼゼロと見られます。
- 選挙後にマコネル米共和党上院院内総務が「必要だと思う」と発言していることからも、何らかの追加刺激策に対する合意が得られるでしょう。これは政権交代前の12月に発表されるかもしれませんが、民主党が上院の過半数を獲得した場合に期待される3兆米ドル規模よりも小さい1.5兆米ドル程度となる可能性が高いと思われます。
- マコネル氏とバイデン氏は既に職務上の強い関係を築いていますから、インフラ支出やその他民主党が優先するヘルスケアや教育の分野で、何らかの合意が得られるかもしれません。トランプ大統領政権下で行われた法人税引き下げ(その多くは2025年で終了となります)の期限を撤廃する事を条件に、民主党と上院共和党の間で交渉が行われるという事も考えられます。
- 支出や税制措置を必要とする気候変動関連の政策に関しては、上院が攻防を繰り広げる可能性が高いと見ていますが、エネルギー・セクターの規制整備を通じて実行できることは沢山ありますし、パリ協定への復帰も見込まれています。
- バイデン氏は、従来の同盟国やWTOや国際保健機関(WHO)など国際機関との関係強化に乗り出すと見られています。また、環太平洋パートナーシップ協定(CPTPP、いわゆるTPP11)やイラン核合意に再参加する可能性も高くなっています。
- 外交的なアプローチを通じた同盟国との協働や、トランプ大統領政権下で行われた関税引き上げの巻き戻しを交渉材料に、中国貿易摩擦の解消に向けた取り組むと予想されます。これは、バイデン氏が「中国に優しい」対応を行うという意味ではなく、異なる方法を使って交渉にあたるというだけの話です。
- 新型コロナウイルス対応については、ワクチン普及に先駆けて、専門家集団を軸にしたアプローチを採ると見られます。より組織的に取り組み、短期的には一部におけるロックダウン再開などを通じて、最終的により確実な経済再開にこぎつけると見られます。
- トランプ大統領によって憤激、分裂した米国を癒し、その団結を目指すとバイデン氏は語っています。2024年には自身が大統領候補になるかもしれないハリス氏が副大統領であることも、プラスに寄与するでしょう。また、これまで有意義な結果をもたらしてきた法の支配を支持し、米国機関の強化を図ると見られます。
バイデン大統領政権における主要なリスク
- 予算決議においては、来年7月までに引き上げが必要な債務上限などを含め、手詰まりする場面が増加すると考えて良いでしょう。オバマ大統領政権下で見られたように、市場ではボラティリティが高まる可能性がありますが、共和党は自身にとって不利である事が分かった後には素早く手を引いています。より短期的な刺激策の取り纏めに際しては、株式市場で不透明感が高まるかもしれません。
- 共和党優勢の上院は、税制や気候変動政策などの分野で攻防を繰り広げ、左派への傾きを防ぐ役目を果たすものの、より左派色の強いバイデン支持者の多くを遠ざけることになりかねません。とはいえ、民主党が2024年の再選を目指すにあたり最良の方法は、政治的中立を保つ事かもしれません。
- 選挙とはそもそも異論が飛び交うものであり、トランプ氏が不正発言をしたことで議論が過熱化しています。そしてトランプ氏は傍でチャンスをうかがっていることからも、米国の分裂は深刻な状況が継続すると見られ、短期的には暴動へと発展するかもしれません。
- 1月20日の大統領就任式までの間に、退任拒否(しかしこの場合には、トランプ氏は共和党の重鎮議員らから見放されると予想されます)や中国、イラン、北朝鮮との緊張を巡って、トランプ大統領が予想外の行動を起こす事も考えられます。
バイデン大統領政権が経済に与える影響
当社のベースケースに変更はありません。その道のりは険しく、様相はまちまちとなるものの、追加の財政刺激や超緩和政策が支援する格好で、米国経済はコロナ危機による打撃から回復を見せるでしょう。極めて高い効果を発揮するワクチンが来年を通して幅広く行き渡ることになれば、回復は加速する見通しです。上院は共和党優勢であることから、増税によるマイナスの影響はないと考えられ、規制強化の影響は貿易摩擦の鎮静化によって相殺されることになります。
足元における最大のリスクは、バイデン大統領政権がロックダウン再開に動き、経済が再び打撃を受けることです。これは短期的にマイナスであるものの、最終的には、豪州の様により確実な経済再開という結果をもたらします。
バイデン大統領政権が市場に与える影響
これまでのところ、バイデン氏優勢のニュースに対して株式市場は良い反応を見せています。しかしこれは、上院は共和党多数となる可能性が高く、バイデン氏の増税案は実現しないが、何らかの追加刺激策の可能性が高いというシナリオに基づいたものです。米国大統領選挙関連以外では、株式市場は時期的に上昇する局面に突入しており、過去を見ると米国株は接戦となった大統領選挙後に上昇する傾向にあります。
反射的なリアクションの後、増税回避や追加支援策、貿易摩擦の鎮静化という展開は、最終的に米国株よりもそれ以外の株式にとって若干のプラスで、対豪ドルや人民元などで米ドルにとってマイナスです。
中国との貿易摩擦解消に向けてより外交的なアプローチが取られることで、最近緊張が高まっていた豪州と中国間の摩擦にも希望の光が見えてくると考えられ、豪州にとって特に良い展開であると言えます。これにより、豪州の中国向け輸出品を巡るリスクが後退し、豪輸出業者や豪ドルにサポートが提供されます。中国は、豪州からの輸入を削り米国からの輸入を増やすため、豪州からの輸入に一部規制をかけていたという報道があったように、米中貿易協議第1段階の合意は豪州にとって不利に働いていました。
左派の民主政権を心配する人もいるかもしれませんが、歴史的に見ると、米国株は民主党政権下で優れたパフォーマンスを記録しています。1927年以降で比較すると、民主党政権下の年率リターン平均は14.6%、共和党政権下では同9.8%となっています。最も優れたパフォーマンスは、民主党大統領と共和党が上院か下院、または上下両院で優勢となるねじれ議会の場合で、年率リターン平均は16.4%でした。一方で、共和党大統領と共和党が上下両院で優勢だった場合のパフォーマンスは最も悪く、同8.9%となっています。

民主党優勢の上院で考えられるシナリオ
可能性が低いとはいえ、ジョージア州決戦投票の結果を受けて民主党が上院過半数を獲得することになった場合、大規模な財政刺激策や気候変動への取り組みへの道が切り開かれる一方で、法人税の増税や規制強化が行われることになります。この展開から恩恵を受けるのは、米国株よりもグローバル株式で、米ドルは更に下落すると見込まれます。しかしこれは、歴史的に見ると、株式市場にとって2番目に良い選挙結果です。豪州は米国の追加刺激から恩恵を受け、米国の法人税増税によって豪州企業の魅力が高まり、中国との摩擦が後退すると考えられることからも、豪州株と豪ドルにとってはプラスの展開と言えます。
豪州への影響
バイデン大統領政権から豪州が受ける主なプラスの影響は、米国経済の回復を受けた豪州経済への恩恵、米豪関係の強化・安定化、より外交的なアプローチを通じて米中貿易摩擦解消に取り組むことで豪中摩擦も緩和、米国のCPTPP再加盟です。気候変動に対する積極的な取り組みを背景に豪州や(米国と事業を行う)豪州企業に対する積極的な対応が要求される可能性があります。大統領選挙結果を受けた米国内の緊張激化を巡る短期的な不透明感が払しょくされ、追加刺激策が打ち出された後には、豪州株そして豪ドルにとってプラスの展開となる見通しです。
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重要事項
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