経済&マーケット

労働市場は水面下で深刻な状況に

主なポイント

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世界の労働市場は、新型コロナ危機において打たれ強さを見せました。この理由の一つが、給与補助金制度の活用です。同制度は、一時的に休職となった労働者や不完全労働者の実情を見えなくすることで、人為的に失業率を実際よりも低く保っています。

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先進国では労働参加率も大幅に低下し、失業率上昇の抑制に寄与しました。これらの職探しをあきらめた失業者がやがて労働市場に復帰することで、労働参加率の上昇に寄与しますが、失業率にとっては上昇圧力(又は低下の減速圧力)となる見込みです。

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この様な課題を正しく反映した「実効失業率」を当社独自に算出してみたところ、豪州、米国、ユーロ圏における実際の失業率は、発表されているヘッドラインの失業率よりも高くなっています。とはいえ、豪州では、ヘッドライン失業率と実効失業率の乖離は急速に収束しています。

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給与補助金制度はやがて終了となる又は受給要件が更に厳格化されますので、2021年は失業率が更に悪化するリスクがあります。

はじめに

今年最も大きかったアップサイドのサプライズの一つは、先進各国における個人消費の力強さです。これは主に、政府による直接的な財政支援が効果を発揮したことによるものです。雇用が軟化する中で、収入の減少を補うという観点から、給与補助金制度も上手く機能しました。失業手当の上乗せや事業に対する超低金利ローンの提供など、給与補助以外の支援策を選んだ国(米国など)では、給与補助金制度が打ち出された国々(欧州、豪州、ニュージーランド)よりも失業率の上昇幅が大きくなっています。

給与補助制度の活用を受けて、現在、世界の労働市場を単純比較することは困難です。実際の失業率を知るためには、次の点が反映されていなければなりません:

  • 労働市場を去った人々(産業の閉鎖や移動の制限を受けて求職活動が困難となり、多くの人が労働市場を去っています)。産業が完全に再開した後には、やがて再び労働市場に戻ってくる可能性が高い人々。
  • 実際の労働時間がゼロの一時的に休職となった労働者(通常であれば失業となるが、給与補助金制度によって雇用が維持されている人々)。

このレポートでは、ヘッドラインの雇用データを調整することで、コロナ危機における労働市場の現状を理解し、その見通しを考えます。

 

給与補助金制度について

給与補助金制度は、景気後退局面で賃金の補助金を支給することで雇用の維持を助けるというもので、長期で考えると、雇う側(経済が上向き始めた後に新規社員を雇い、再びトレーニングを行わなくて済むため)と雇われる側(収入の観点から望ましくない短期雇用を避ける事ができるため)の両者を支援します。理論的には、景気後退の影響を抑制し、回復の加速を補助するものですが、これら制度は費用負担が大きく、雇用の自然な創出と破壊を邪魔することになり、生産性の伸びにマイナスの影響を及ぼします。

世界金融危機(GFC)と欧州債務危機においてドイツで幅広く導入され始めた給与補助金制度は、その成功を基に、コロナ危機ではその他欧州でも活用が広まりました。足元で給与補助金制度を導入している国には、フランス、イタリア、オーストリア、英国、ドイツ、スペイン、スウェーデンなどがあり、その他独自の給与補助制度を導入している国には、豪州、ニュージーランド、カナダ、日本が含まれます。

給与補助制度の受給者が労働人口に占める割合は、次の通りです。

給与補助金制度の受給者の規模

コロナ危機の最中、一部の国では労働人口の20-30%を給与補助金制度でサポートしていました。欧州諸国の多くは同制度を2021年も継続することを決定しており、欧州各地でロックダウンが再開がされる中で重要な役割を果たす事になります。これら制度の大半では、補助率が休職前給与の60%程度に設定されています。

 

「実効失業率」の算出

コロナ禍における各国の労働市場について一貫性のある的確な比較を行うにあたり、休職中の人々と労働市場を去った人々を踏まえた推定の失業率、つまり「実効失業率」を算出してみました。

米国の失業率には休職中の人々が既にカウントされているため、労働市場を去った人々に関してのみ調整を行っています。豪州とユーロ圏については、コロナ危機を背景に休職となった人々と労働市場を去った人々(豪州は労働時間ゼロのデータ、欧州は週次欠勤のデータに基づく)を算出対象に加えています。

以下の図表では、発表されているヘッドラインの失業率と当社が算出した実効失業率を比較しています。

ヘッドライン失業率 vs 実効失業率

豪州では、当社算出の実効失業率は4月に14.9%でピークを打っています(ヘッドライン失業率は6.4%と大幅に低い)。10月時点では、実効失業率が7.8%まで低下しているのに対し、ヘッドライン失業率は7.0%と若干の上昇を記録しています。

ユーロ圏を見ると、第1波による感染者数が大幅に多く、感染拡大防止措置がより厳格だったことからも、実効失業率は4月に32%という高水準を記録しました(ヘッドライン失業率は7.4%)。ユーロ圏データの一部はまだ発表されていませんが、当社推定によると、9月、実効失業率は12%へと低下、ヘッドライン失業率は8.3%へと上昇したと考えられます。足元におけるロックダウン再開などの移動制限を受けて、ユーロ圏の実効失業率は再び上昇すると予想されます。

米国の実効失業率は、4月に19.1%でピークを打った(ヘッドライン失業率は14.7%)後、足元では9.4%まで低下しており、ヘッドライン失業率も同様に6.9%へと低下しています。

給与補助金制度が活用されている豪州とユーロ圏では、ヘッドライン失業率は実効失業率の水準に近づいてきています。コロナ危機が長期化すれば、当初一時的に喪失した雇用が戻らないのではという懸念が高まっており、ロックダウン措置が再開となったユーロ圏にとっては危機感となっています。この点は、感染拡大を受けて、一部の州で新たに移動制限措置が講じらている米国にとってもリスクです。

 

影響

力強い労働市場(一般的に失業率を使って判断)は、個人消費の健全性を示すバロメーターと言われています。しかし現在、先進各国の失業率は、このレポートで指摘した理由を背景に、実際の余剰生産能力水準を正しく表していません。今のところ、労働市場における余剰生産能力の上昇を受けた収入の減少は、消費者にとってそれ程大きな問題にはなっていません。これは、政府支援策の一環として給付が行われている事や、積み上がった貯蓄によって相殺されているためですが、今後においては、給与補助金の減額や早期終了が消費者収入の伸びにおけるリスクとなります。

とはいえ、政府が給与補助金制度を維持し続ける事は不可能であり、長期の生産性向上にとって悪影響を及ぼすだけでなく、大型の経済ショック後に発生する傾向にある雇用の自然な創出と破壊を妨げるものです。給与補助制度からの政府支援を終了するにあたっては、新型コロナウイルス感染を受けた行動制限の変化と足並みを合わせて、ゆっくりとしたペースで実施されるべきです。もう一つの選択肢としては、受給者に対して新しいスキルのトレーニングを必須要件としたり、受給資格を(フル勤務に戻った人ではなく)労働時間の少ない人に限定する、対象事業者の要件を厳しくするなど、受給要件を引き締める余地もあります。また、受給者を給与補助金制度から失業保険制度に移行する事も考えられるでしょう。そうすることで、求職者の労働市場離れを防ぐだけでなく、給与補助制度の長期化によるマイナスの影響が一部軽減されます。

これら制度を長期で活用することは、モラルハザードのリスクにもなりかねません。次なる景気後退局面においても、これら制度の再活用に向けて政府への圧力が高まる可能性があり、生産性向上の妨げとなります。

主要先進国における失業率はまだピークを打っていない、というのが当社の見方です。豪州では、雇用指標が打たれ強さを見せる一方で、「ジョブキーパー」給与補助金制度が2021年3月で終了した後には、(7月と同水準の)7.5%近くまで上昇する可能性が高いと見ています。欧州では、給与補助金制度を2021年も延長して実施(とはいえ受給要件が厳しくなる可能性あり)する事を複数の国が決定していますが、ロックダウンの再開は雇用成長にとってマイナスであることから、労働市場は当分の間軟化した状況が継続する見通しです。一方で、米国における雇用の伸びも減速しており、新規失業保険申請件数は極めて高い水準が維持され、一時的な失業であったものが恒久的になりつつあり、更なる財政支援の余地が示されています。

労働市場が新型コロナウイルス以前の水準に戻るには、まだ時間がかかりそうです。コロナ危機を受けて失われた雇用が復活した割合は米国で55%、豪州は75%と欧州や米国よりも高い水準となっています。株式市場の先見性を考えると、コロナ危機による経済打撃と労働市場への影響は、既に株価に織り込み済みであると考えられ、足元では、ワクチン開発や低金利環境、米国の追加財政支援といった材料を背景に上昇していると言えます。しかしながら、政府給与補助制度の予期せぬ終了やヘッドライン失業率の上昇は、経済成長にとってリスクであることに変わりはなく、従って中期的に株式市場のリスクでもあります。

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インベストメント・ストラテジー&ダイナミック・マーケッツ、シニア・エコノミスト ディアナ・ムシーナ

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