主なポイント
ここ10年で、総合的な経済成長の観点から豪州がその他グローバル諸国をアウトパフォームしてきた背景にあるのは、(豪州への純移動によって押し上げられた)高い人口成長率です。
海外から来豪する移民の減少は、人口成長率の減速を意味し、今後数年間にわたりGDPの伸びが打撃を受けることになります。
しかし、豪州政府が移民受入数を縮小しない限り、この変化が永久に続く可能性は低いと言えます。
今後数か月で、新型コロナウイルス感染の封じ込めに成功している「安全な国」間の渡航が開始となる可能性があります。観光客のホテルにおける14日間の隔離措置は現実的とは言えませんが、より長期で豪州に滞在する海外留学生の受け入れは可能なはずであり、移民数の回復に寄与します。
移民減少によって短期的影響を最も受けるのは住宅セクターで、需要が大幅に低下し、賃料や住宅価格に下落圧力がかかることになります。大学等その他セクターも、留学生の減少から打撃を受けるでしょう。
はじめに
豪州への移民数はゼロ近くまで減少しており、連邦政府はこの低水準が来年を通して継続する見通しとしています。豪州の国境は今のところ(豪州国民とその家族を除き)封鎖されており、渡航再開となった場合でも、外国人の多くは来豪を避けると見られています。(失業率が高まる中で)雇用を巡る懸念からも、政府の移民プログラムは低水準が維持される可能性があります。
移民の減少は、豪州の成長に影響を及ぼします。ここ10年間で堅調な人口成長を記録してこれたのも、大規模な移民受入があったからです(人口成長は豪州1.5%、OECD諸国0.5%)。経済成長を促進する要因である「3つのP」は、人口成長(Population Growth)、生産性の伸び(Productivity Growth)、労働参加率(Labour Force Participation Rate)です。移民受け入れの減少は、GDP成長にとって短期的にマイナスとなります。移民減少が永久的である場合、より長期で潜在GDPの伸びが減速することになります。
GDP成長の鈍化は、必ずしも生活水準の低下を意味するものではありません。生活水準は、一人当たりGDPと所得水準によって決定します。しかし、潜在GDP成長が減速すれば、インフレや金利にも影響が及びます。このレポートでは、移民減少が豪州経済に与える影響を考えます。
豪州と移民
豪州が海外からの移民受け入れを拡大し始めたのは、資源開発ブームが始まった2006年でした。その頃の移民は、労働市場におけるスキルギャップを埋めるためだけのものでした。ここ10年における中国中間層の拡大を受けて、中国人留学生が大幅に増加しています。現在、海外からの純移入(来豪から豪州から海外への転出を差し引いた数)は豪州人口成長の60%を占める規模に達しています。

大規模な移民受入プログラムには、良い点もあれば悪い点もあります。多様化した豪州人口(海外で生まれた国民は豪州で30%であるのに対し、同米国は14%、カナダは22%、ドイツは15%)を背景とした文化の多様性は、企業業績改善に効果がある事が示されています。移民労働者は、季節労働(果実収穫など)で活用することで労働者不足を補うことが可能です。一方、マイナスのポイントとしては、ヘルスケアや教育といったサービスの提供やインフラ問題(交通渋滞)、住宅不足です。
永住 vs 一時滞在
純増が続く豪州への移民は、永住者と一時滞在者に分かれます。永住ビザの発行は年間16万件(2019年に、豪州政府が従前の19万件から16万件へと規模を縮小)で、技術ビザを取得している移民永住者の割合は75%程度と極めて高く、一時滞在ビザの発行に上限は設けられていません。長期の一時滞在ビザで入国した後、永住ビザへの切り替えを行う人が多くなっています。

豪州政府は、2019-20年度における海外からの純移動は30%縮小し、2020-21年度は85%の減少を見込んでいます(2018-19年度との比較)。つまり、2020年6月までの1年間における海外からの純移動は最大で167,000人、2021年までの1年間で36,000人となる見通しであり、2019-19年度の240,000人増から大きく減少すると見られています。
現在のところ、豪州の国境は封鎖となっていますが、まずは新型コロナウイルス感染の封じ込めに成功している「安全な国」から、そしてホテルにおける14日間の隔離を経た長期滞在の移民者と、徐々に渡航が再開する予定です。海外からの移民は、最終的に新型コロナウイルス以前の水準を取り戻すものの、これには数年かかる可能性があります(これは、失業率がどの程度早く低下するかによります)。ここで最大のリスクは、高い失業率を巡る政治的圧力を受けた移民受入規模の永久的な変化や、中国との貿易摩擦の影響による中国留学生の減少、新型コロナウイルス感染に対する懸念を受けた海外旅行の減少(とはいえ、過去のパンデミックは海外旅行の長期的な変化には至りませんでしたが)という長期の構造的変化です。
移民と住宅需要
新規移民からの需要は、住宅建設の大きなけん引役となっています。2020-21年における移民受入規模の縮小によって、住宅需要は8万件程度低下する見通しです。従って、2019年に200,000件を記録した新規住宅需要は、2020年に124,000件、2021年には118,000件へと低下すると予想されます。これと同様に、住宅建設も減少しますが(これは、新型コロナウイルス感染拡大以前から確認されていました)、人口統計に基づく住宅需要の低下幅には至らないでしょう。これは、対象応募者に対して、新規住宅建設や既存物件の大規模改装のための助成金を提供する豪州政府の新しい「ホームビルダー」制度を受けて、今後6か月で新規住宅需要が増加すると見込まれるためです(豪州政府は27,000件程度の利用を見込んでいます。)

対需要で見る住宅供給の拡大によって、とりあえずのところは、賃料や住宅価格の下落圧力が維持される見通しです。
潜在GDP成長と金利
潜在GDPの伸びとは、過剰なインフレを引き起こさずに経済が維持できる成長率であり、人口と生産性の向上によって測られます。実質GDP成長と潜在GDP成長の違いは、インフレのドライバーとなる「産出量ギャップ」又は余剰生産能力です。政策担当者は、潜在に近いGDP成長率を実現することで、完全雇用と物価安定を目指します。豪州における潜在GDP成長は年率2.5-3.0%程度です。2020-21年度は、潜在を下回るGDPの伸びを受けて、余剰生産能力が生じ、インフレ圧力が低下する見通しです。とはいえ、移民受入規模の永久的な縮小がない限り、人口成長の回復とともに、潜在GDP成長率は平常な水準近くまで上昇すると見込まれます。
潜在GDP成長の減速は、経済が低い金利を維持できることを意味し、債券利回りの低下をもたらします。また、その逆もしかりです。移民減少を受けた豪州潜在GDP成長率の長期的な変化は見込まれませんが、金利は数年程度低水準が維持されると予想されます。これは、余剰生産能力があるためで、経済活動が新型コロナウイルス感染前の水準に戻るにはあと1年程度かかると見られます。
GDP成長の加速は、必ずしも生活水準の向上を意味するものではありません。生活水準に関しては、1人当たりGDP成長を参照するのが良いでしょう。豪州において、全体のGDP成長は他国をアウトパフォームしていますが、1人当たりGDPは他国ほど堅調ではありません。

投資家への影響
海外からの移民減少が豪州に与える短期的な影響は、GDP成長の減速です。これにより、経済における余剰生産能力が拡大し、金利と債券利回りは低水準が維持されることになります。政府による移民受入規模が永久的に変化しない限り、海外からの移民数は最終的に回復するはずです。新型コロナウイルス感染の封じ込めに成功している「安全な国」間の渡航が、年末までに開始となる可能性が高くなっています。観光客をホテルで14日間隔離するのは現実的とは言えませんが、より長期で豪州に滞在する移民や海外留学生を対象に実施することは可能でしょう。
移民減少によって短期的影響を最も受けるのは住宅セクターで、需要が大幅に低下し、賃料や住宅価格に下落圧力がかかります。大学等その他セクターも、留学生の減少から打撃を受けることとなり(教育はGDPの2%程度を占めます)、同分野には政府支援の余地があると言えるでしょう。
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