経済&マーケット

財政の崖はむしろ財政の下り斜面に、豪州の財政赤字を巡る懸念は行き過ぎている

By シェーン・オリバー博士
インベストメント・ストラテジー&エコノミクス担当ヘッド、チーフ・エコノミスト 豪州、シドニー

主なポイント

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新型コロナウイルス感染の第2波が経済回復の脅威となっている豪州では、追加財政支援の必要性が浮上しており、連邦政府もこれを認識しています。

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豪州の財政赤字は、今年度中に2,200億豪ドル又は対GDP比11%程度へと膨張し、第二次世界大戦後のピークに達する見通しです。

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公的債務水準は低く、借入コストも極めて低水準、かつ連邦政府の借入は豪ドルベースで、対外債務に依存していないことからも、これが大きな問題を引き起こす可能性は低いと見られます。

はじめに

政府による様々な支援措置が今後数か月で終了となる事が、経済と株式市場が大幅に悪化する財政の崖に対する恐怖心を煽っています。米国における2012年12月31日の財政の崖懸念と同じように、感染第2波が景気見通しに大きな影響を及ぼす中で、政府支援が実行され、懸念される「崖」は「下り斜面」となる可能性が高いと言えます。もちろん、コロナショック関連の公的債務が膨らむわけで、この先、財政を巡る報いの日が来るのではという懸念が高まっています。

新たな経済見通し、これまでの支援措置の推定予算コスト、今後における支援計画の概要について発表があると見られる財務相による経済演説が目前に迫る(7月23日に予定)中、このレポートでは財政支援と連邦予算に関する主な課題を取り上げます。

 

財政刺激の拡大

永久的な/回復が困難な公共支出の拡大を回避するため、そして谷間をまたぐ橋を支援措置に置き換えて例えるならば、新型コロナウイルスという谷間を超えてしまえば、支援措置という橋は必要なくなることからも、多くの政府支援策を9月末で終了とした事は合理的な判断でした。しかし、より長期で支援策が必要であるという事が日に日に明確になっています:

  • まず最初に、感染第2波を受けてビクトリア州政府はメルボルンにおける6週間のロックダウンを再開しており、経済回復に遅れがでる見通しです。豪州経済全体への直接的な影響は50億豪ドル程度、今四半期のGDPは1%程度縮小すると見られます。その他の州では信頼感に影響を及ぼす(人々が自主的に外出を控える)可能性が出ており、ニュー・サウス・ウェールズ州で最もリスクが高いように、感染が広がる場合には他州でもロックダウンの再開となるリスクが高まっています。この点については、既に経済活動への影響が確認されています。高い頻度で集計される多様なデータ(飲食店予約件数や信頼感、小売店の客足、チケット販売、クレジットカード・データ、モビリティ指数、雇用など)を元にAMPキャピタルが独自で取り纏めた経済活動トラッカーは、10週間連続で回復していたものの、過去2週間で再び悪化が確認されています。
豪州の経済活動トラッカー
  • 第2に、経済再開当初、積み上がった需要が放出されたことによる回復はほぼ出尽くしたと見られ、ソーシャル・ディスタンシングや移動・渡航制限を受けて、旅行やイベント、文化、宿泊、レストラン、住宅建設といったセクターが平常に戻るには、まだまだ時間がかかると予想されます。
  • 第3に、コロナ危機はデジタル化を加速させ、自動化による失業は、新規の雇用創出よりも早いペースで進んでいる可能性が高くなっています。ここで3つ例を挙げると、Eコマースの普及が加速した結果小売の仕事が減少、在宅勤務が増えたことでオフィス需要が後退し、公共輸送機関の仕事が減少、オンライン会議の増加を受けてビジネス旅行が減少し、航空会社やホテルの利用が減少するなどです。

最後の2つに関しては、今後にわたり「余剰生産能力」が残ると見られ、高い失業率の長い終わり局面で表面化する可能性が高まっています。「ジョブキーパー」給与補助金制度や「ジョブシーカー」求職失業者援助金制度への変更なしには、「実際」の失業率は4月に14.8%に達し、現在も13.6%程度で推移していると考えられます。

豪州失業率の推移

最初の上昇分を容易に巻き戻し、実際の失業率が年末までに9%まで下がったとしても、年初の5%近辺まで下がるには数年かかる可能性があります。これは、一部のセクターで回復に時間を要するためで、構造変化が加速した影響によるものです。つまり、政府が抱える短期そして長期の課題において、追加の財政刺激が少なくとも短期的な解決方法になり得ることが示唆されています。

 

財政赤字見通しの修正

2019年12月の年央経済・財政中期見通しを起点に修正した当社の財政赤字見通しは、以下の図表で示しています。

基礎現金収支見通し

経済への打撃は政府の歳入への打撃を意味し、これは「パラメーターの変化」として表示されています。発表されている5月までの収支データからは、これが3月以降100億豪ドル強で推移している事が示唆されています。

既に発表されている大規模な政策支援は「これまでの刺激策」として示しています。ここに含まれるのは、3月における政策支援パッケージ3件、医療パッケージ1件、産業支援パッケージ複数で、中でも大規模なものは700億豪ドル規模と推定されるジョブキーパー制度です。

しかしながら、連邦政府は追加の支援策が必要である点を認識しています。内容については7月23日に予定されている経済演説で発表されるとみられ、以下の措置が導入される可能性が高いと見ています:

  • ジョブキーパー制度の延長:月次の受給資格確認と給付金額の見直しを通じて刷新される可能性が高いものの、復活する見込みのない仕事のために受給を希望する企業は少なくなる見通しです。
  • 旧制度からの給付金を一時的に倍増としていたジョブシーカー制度では、給付額が縮小される可能性が高いと見ています。
  • 2022年からの導入が予定されている所得税減税が前倒しとなるかもしれません。
  • 追加の企業投資助成措置
  • 追加の産業支援パッケージ

連邦政府は、ジョブキーパー制度がすでに不要になった人の分を振り替えることで、これら追加の支援策にかかる費用の一部を賄う考えですが、大部分は当初予定していた額の未使用分600億豪ドルから拠出されることになる可能性が高く、これに追加の上乗せ(表中「新たな刺激策」を参照)が行われると予想しています。しかし、全てが来週発表されない場合もあり得ます。

これら連邦政府の財政支援、そして景気後退による歳入への打撃の結果、前年度950億豪ドルだった財政赤字は今年度2,230憶豪ドルまで膨張すると見られており、支援策が段階的に縮小となり経済が回復する来年度に改善を見せ始めると予想されます。対GDP比でみると、財政赤字は11%程度でピークを打つこととなり、第二次世界大戦後の最高水準に達します。これにより、複数年にわたりGDPの約20%相当が豪州の公的債務に上乗せされることになります。ここで浮上する疑問は2つあります:追加支援の規模は十分なのか?膨張する財政赤字と公的債務を乗り切れるのか?

豪州の財政赤字

追加支援の規模は十分なのか?

ジョブキーパー制度を9月以降も継続し、所得税減税前倒しを含む可能性が高い追加刺激策の発表を連邦政府が行う事で、財政の崖は下り斜面へと緩やかなものになります。これは、10月までに復活する仕事は少ないという短期的な現実問題の解決に役立ちます。とはいえ、コロナショックを受けて、失業率は長期に渡り高い水準で推移する見通しであることから、追加支援の規模が十分なのかという点は未知数です。連邦政府の注目は今後、10月予算発表における経済改革へとシフトする可能性が高く、これは理にかなっているものの、長期化する失業率の問題に対応するために最終的には追加の財政支援が必要となる可能性も残っています。

 

豪州は膨張する財政赤字と公的債務を乗り切れるのか?

当社の評価では乗り切れるという判断を維持しています。まず第1に、支援策がなければ経済への打撃は相当大きなものとなっており、最終的には公的債務が追加刺激策の場合以上に膨張することになります。

第2に、経済学者ケインズ氏が示した通り、家計や事業が支出を削減する局面で公的部門がこれら部門から借り入れ、支援を必要とする事業や個人に振り分けるのは合理的な判断です。

第3に、支援策によって公共支出が永久的に増加することはありません。

第4に、豪州の公的債務は対GDP比23%と、その他先進国平均の83%と比較して低い水準にあり、財政赤字見通しを加味しても、比較的小規模にとどまっています。次の図表をご覧ください。

公的債務、2019年と2021年

第5に、連邦政府による借入は豪ドルであり、足元の経常収支残高を見る限り、外貨危機を引き起こすような対外債務への依存はありません。

第6に、政府の借入コストは10年で1%と未満と極めて低水準です。これは豪州準備銀行(RBA)による国債買い入れによる部分も一部ありますが、国債利回りはどちらにせよ低い水準です。

最後に、RBAが保有する国債を帳消しにする事に連邦政府とRBAが合意した場合、何が起きるかを想像してみてください。驚きの声が上がり、コメンテーターが解説に言葉を失う一方で、言える事は限られています。それは、RBAへの「投資」における連邦政府の損失は、負債の減少によって相殺されるという事です。言い換えると、中央銀行が貸し手である場合、必ずしも全ての公的債務を返済しなくてもよいのです。よりテクニカルな話になりますが、これにも限界があり、中央銀行による国債購入のために新たに発行された通貨はインフレを引き起こす原因となります。とはいえ、日本のケースでも明らかな通り、余剰生産能力が十分にあればインフレは問題ではありません。

 

最後に

新型コロナウイルス感染によって民間支出が打撃を受ける中、連邦政府による経済支援の継続は理にかなった決断と言えます。債務水準の引き下げにおける最良のアプローチは、経済改革アジェンダの再活性化を通じた経済成長ですが、この先当分の間は政府による財政支援が必要となります。

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