主なポイント
主要経済国では、中央銀行による資産買い入れ(又は量的緩和)と政府による刺激策による銀行預金残高の増加を受けてマネーサプライが急増しており、インフレ上昇を引き起こすのではという懸念が出ています。
しかし、過去にマネーサプライが急増した局面を見ると、必ずしもインフレは上昇してはいません。中央銀行による量的緩和は、狭義のマネーサプライ(通貨)の伸びにおける主要なドライバーであり、資産価格の上昇を引き起こすものの、消費財・サービス価格への影響は小さくなる傾向にあります。
足元の環境下でより重要なのは、余剰生産能力です。新型コロナウイルス感染を受けてGDPの伸びは大きく低下し、余剰生産能力が大幅に増加しています。今のところ、通常よりも高い余剰生産能力がインフレの抑制に働きます。
とはいえ、コロナ危機終息後の経済回復局面で極めて大規模な金融・財政刺激が維持される場合には、インフレを誘発する可能性もあるでしょう。
先進国経済がコロナ禍以前の水準まで回復するのは2022年以降となる見通しです。当分の間は、低インフレ環境が政策金利を過去最低水準で維持し、債券利回りの上昇を防ぐことになるでしょう。
はじめに
ここ10年間を振り返ると、大半の期間において、先進国のインフレ率は各国中央銀行の目標(2%前後)を下回る水準で推移しています。インフレの上昇を阻止している主な要因は、構造要因(テクノロジーの進化やグローバル化)とシクリカルなトレンド(世界金融危機後におけるトレンドを下回るGDPの伸びを背景とした余剰生産能力)です。新型コロナウイルスの世界的な感染が始まる以前、先進国のインフレはその多くで抑制された(年率2%弱)ものとなると予想されていました。ここにきて、コロナ危機を背景に余剰生産能力という問題が悪化しています。需要の崩れと一部サービスの大幅な割引が意味するのは、短期的にデフレに突入する国も出てくるということです。しかし、余剰生産能力が一旦解消されてしまえば、政府や中央銀行による巨額の刺激策がインフレを誘発する可能性があります。このレポートでは、インフレ見通しについて取り上げます。
マネーサプライとインフレ
多数の先進国経済におけるマネーサプライの急増を受けて、インフレ上昇に対する懸念が浮上しています。マネーサプライとは、市場に流通している通貨や通貨に類似する当座預金残高等の価値です。世界のマネーサプライの伸び(米国、欧州、日本、中国、豪州)は過去1年間で14%増(以下図表を参照)と、現代で最も大きな伸びを記録しました。このけん引役となったのが、中央銀行による量的緩和プログラム(これにより通貨量が増加する)や政府による財政刺激策であり、(ロックダウン措置を背景に)個人消費が進まず、不透明感から出費を控える動きなどにより、銀行預金の残高が積み上がっている状況です。

各生産段階における通貨量が多ければ、インフレ率は高くなるため、マネーサプライの過剰な伸び(GDPとマネーサプライの伸びの差)は将来的なインフレの兆候であるという意見も存在します。次の図表では、インフレとマネーサプライの過剰な増加の関係を示しています。

この図表から分かる通り、過去30年間において、マネーサプライの過剰な伸びとインフレは必ずしも同じ方向に動いていません。また、マネーサプライが急増した過去の局面全てにおいて、インフレに至った訳でもないのです。さらに、極端なケースでは、インフレとマネーサプライの過剰な伸びは反対方向に動く傾向にあります。これは、景気の山や谷でインフレがサイクルのピークや底を打つ局面では、中央銀行による金融政策の大幅な調整によってマネーサプライが引き締め又は緩和されるためです。
ここ10年間において、狭義のマネーサプライ(通貨)の伸びにおける主要なドライバーとなってきたのは中央銀行による資産の買い入れです。資産購入プログラムによって資産価格が上昇する可能性はあるものの、実体経済における消費財やサービスの価格が上昇するとは限りません。この点は、広義のマネーサプライ(通貨と預貯金を含む)の伸びが狭義のそれよりも小幅であることからも明らかです。また、これは貨幣乗数の低下においても明確に示されています。紙幣乗数とは、マネーサプライに対する名目GDPの比率を表す値で、マネーサプライの伸びだけを見るのではなく、国内総支出を示すのに優れた指標です。通貨の流通速度の上昇は、インフレを誘発する傾向にあります(次の図表を参照)。

名目GDPの大きな落ち込みとマネーサプライの大幅増加を背景に、米国における通貨の流通速度は最近大きく低下しています。これは、先進国のインフレが来年にかけて極めて低水準となり、(豪州を含む)複数の国では4-6月期における一部商品・サービス価格(ガソリン、賃料、公益など)の大幅下落を受けてデフレが広まるというAMPキャピタルの見通しと合致した内容です。
最終的に、通貨の流通速度を引き上げるためには、名目GDPの相当な上昇が必要です。名目GDPの伸びは今年下期に加速する見通しであるものの、経済活動はコロナ禍以前の水準を大きく下回る状態が当分継続する見通しです(以下図表を参照)。

大半の国では、新型コロナウイルス感染によって失われたアウトプットを取り戻すのに複数年の時間がかかる見通しです。ソーシャルディスタンシングの実施や消費活動が元に戻らない(中国はこの良い例で、産業生産関連の指標はV字回復となるも、個人消費はコロナ禍以前の水準を大きく下回っています)中で、多くの事業(旅行関連、飲食、ショッピングセンターなど)はコロナ危機以前と同じ水準で営業することは難しい状況です。
政府による財政刺激とインフレ
各国政府が打ち出した新型コロナに対する財政支援策は大規模な内容となっており(次の図表を参照)、対GDP比で見ると、ほとんどの国において第二次世界大戦時に匹敵する規模となっています。経済成長が回復し、余剰生産能力が解消された後も財政・金融緩和が継続する場合には、インフレが急加速するリスクがあります。

インフレのアップサイドに関するもう一つのリスクは、世界の国々が内政重視に傾き、自国内のサプライチェーン強化に集中し始めることです。言い換えると、過去30年で見られたグローバル化のデフレ圧力が巻き返しを始めるという事です。
インフレ目標と中央銀行
ここ10年間、先進国にはインフレが不在であることから、各国中央銀行が掲げるインフレ目標見直しの是非を問う声が上がっています。米国や欧州では現在見直しが図られていますが、大幅な変更となる可能性は低いでしょう。米国に関しては、「平均インフレ目標」政策への流れが予想されます。つまり、事業サイクルを通してインフレ率が平均2%である限り、インフレ目標2%を上回るオーバーシュートや下回る動きを許容するという事です(これは、豪州のアプローチに若干似ています)。このアプローチでは、最近欠如しているインフレの上昇が許容されることになります。多くの中央銀行が即座にインフレ目標を変更する可能性は低いと考えられます。インフレ目標を引き上げれば目標が更に遠くなるわけで、インフレ目標を引き下げればインフレ期待が更に後退し、デフレ継続というリスクが浮上します。
投資家への影響
中央銀行による刺激策を背景に、ここ最近ではマネーサプライが急増していますが、経済に余剰生産能力が残っている限り、インフレが大きく上昇する可能性は低くなっています。この様な状況下では低金利環境が継続し、債券利回りも低水準が続く見通しです。しかし、今後数年でGDP水準が完全に回復し、余剰生産能力が解消された後も、緩和的な金融・財政政策が維持される場合には、インフレが上昇する可能性があります。中央銀行が金利引き締めにある局面で、インフレは株価にマイナスの影響を及ぼす傾向にありますが、金融引き締めはまだ当分先の話です。
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重要事項
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