主なポイント
豪州における住宅アフォーダビリティの低さは、10年以上に渡る慢性的な問題です。
様々な要因がこの問題に寄与してきたものの、最大の要因は人口の増加、そしてこの増加に対する十分な住宅供給が行われてこなかった点です。
新型コロナウイルス感染を受けた経済打撃により、住宅価格は再びシクリカルな下落基調に入りましたが、失業率の高止まりや移民減少の長期化、在宅勤務へのシフトによって、より持続的な住宅アフォーダビリティの改善をもたらす可能性があります。
はじめに
豪州を長期に渡り悩ませているのが住宅アフォーダビリティの問題です。2020年デモグラフィア・ハウジング・アフォーダビリティ調査によると、カナダにおける住宅価格中央値は年収中央値の3.9倍、英国では同4.5倍、米国は同3.6倍であるのに対し、豪州では同5.9倍となっています。これと同様に、長期平均との開きを見ても、豪州における住宅価格の年収倍率はOECD加盟諸国内でも高い水準となっています。

住宅アフォーダビリティは常に問題だった訳ではありません。豪州の住宅は、その昔、比較的安くアフォーダブルでした。1/4エーカーの土地にマイホームを持つ事こそが豪州国民の夢だったのです。しかし、ここ10年で住宅価格の年収倍率はみるみる上昇し、収入に占める家計債務の割合も大幅に増加しています。次の図表をご覧ください。複数のシクリカルな下落局面では短期的なアフォーダビリティの改善が見られており、コアロジックのデータによると、全国主要都市の平均住宅価格は世界金融危機(GFC)時に7.6%下落、2011年辺りで6.2%下落、2017-2019年には10.2%の下落を記録しています。しかし、これらは短期的な下落にすぎず、価格はまた直ぐに上昇し始めています。

コロナ危機のショックは、より長期にわたって影響を及ぼす可能性があります。私たち人間だけでなく、経済にも多くの痛みと苦しみをもたらした新型コロナウイルスですが、住宅市場でも短期的な混乱を招いており、今後もこの状況は継続する見通しです。一方で、住宅のアフォーダビリティという問題に対して、より息の長い改善が見られるかもしれません。
なぜ豪州の住宅はそんなに高いのか?
これを考えるにあたっては、そもそも豪州における住宅アフォーダビリティ問題の原因が何であるのかを検討しなければなりません。一般的に原因として指摘されることが多いのは、税優遇措置、外国人投資家、政府関連の住宅インフラ費用、印紙税、低金利、金融緩和です。しかし、これらどれをとっても、十分な解説にはなりません。
豪州以外でも様々な住宅税減税措置を講じている国は多いものの、住宅価格は豪州よりも相当廉価です。外国人投資家が市場全体に占める割合は比較的小さく、近年では減少しています。住宅関連インフラも、豪州特有の要因ではありません。印紙税は取引コストが増加するだけで些細な税金と言えますが、(供給先細りの局面において)価格上昇の抑制に寄与したと言えます。高金利から低金利へのシフトによってローン規模が大きくなり、住宅価格が上昇したものの、超低金利環境下にある他国の住宅価格は豪州よりも低価です。
これらよりも基本的な問題は、2000年代半ば以降における人口の急増と、(厳しい開発規制とインフラ整備の遅れを背景に)これに対して十分な住宅供給が行われてこなかった点です。2006年以来、年間人口成長の平均は、1990年代半ばから2000年半ばまでの水準を15万人上回る水準となっています。これにより、年間で追加5万戸の新規住宅供給が必要となりました。次の図表をご覧ください。残念なことに、住宅供給は人口増に追いついていませんでした。需要増に対する供給不足によって住宅価格は高止まりの状態となりました。この様にして、住宅アフォーダビリティ問題が慢性化したのです。

住宅価格の循環的な下落局面は毎回、アフォーダビリティ問題の解決という希望の光をもたらしたものの、基礎的な需給バランスの崩れが解消されないまま又は再浮上したことで、問題解決に至る事はありませんでした。この状況は足元でも確認されており、平均住宅価格は昨年6月以降10%の上昇を記録しています。
新型コロナウイルスの長期的な影響
コロナ危機のショックは、慢性化した住宅アフォーダビリティ問題を巡るシクリカルな価格変動のダイナミクスを変える力を秘めています。新たな下落局面に入った住宅価格は、4月以降、全国主要都市で既に平均2%の下落を記録しており、メルボルンでは4%下げています。「ジョブキーパー」給与補助金制度や銀行ローン返済の猶予を受けて、足元では大きな下落が回避されていますが、失業率の高止まり、賃貸市場の落ち込み、移民減少からの影響を受けて、全国住宅価格は今後更に下落する可能性が高くなっています。全国主要都市における平均住宅価格は、4月の高値から来年半ばにかけて10-15%程度下落すると当社では見ており、中でもリスクが高いメルボルンでは15-20%の下落を予想しています。
過去の経験から言えば、これは新たな循環的下落局面となると見られ、新型コロナウイルス感染の封じ込めとともに経済がリバウンドすることで、再びアフォーダビリティ問題が浮上します。特に、金利が過去最低水準にあることで巨額の借入が可能となっているためです。しかしながら、コロナ危機のショックはこの問題を解決に導く力を持っていると考えるに十分な理由が3つ存在します。
- まず最初に、新型コロナウイルス感染拡大を背景とした経済打撃の規模が第二次世界大戦後で最大であるという点です。ロックダウン措置の影響を受けている経済活動は、感染封じ込めとともに再開しますが、中には回復に時間を要する分野(例:旅行、観光)や永久的に変化する分野(例:ネットショッピングへのシフト、教育、ヘルスケア、スポーツ観戦)が存在し、事業は足元の不透明感を活用してコスト削減に取り組むと見られます。これらすべてが意味するのは、失業率の高い状態が長期化するということです。4月には15%、足元では11%になっていたと考えられる豪州の失業率は、ジョブキーパー制度が効果を発揮したことで悪化が回避されています。とはいえ、豪州統計局(ABS)発表のオフィシャルな失業率は今年年末までに10%に達する可能性が高くなっており、2021年末までに9%前後へと低下する見通しです。従って、収入支援やローン返済猶予といった支援措置が終了となるとともに、住宅の強制売却が増加し、住宅価格の重石となると予想されます。
- 第2に、不動産価格の大きなドライバーとなってきた移民はコロナ禍で大幅に減少しており、回復には時間を要する見込みである点です。渡航規制を受けて、移出者を差し引いたネット移入者の数は、2019-2020年に17万人弱へと減少した可能性が高く、昨年度の24万人に対し今年度は僅か3.5万人となる見通しです。これによって、2020-2021年における人口の伸びは0.7%と、1917年以来最低となる事が予想されます。次の図表をご覧ください。昨年約20万戸だった住宅需要は、移民減少を受けて12万戸前後へと低下する見通しであることから、住宅は大幅な供給超過となり、2000年代半ば以降住宅価格の高止まりを招いてきた長年の供給不足が巻き返しとなる可能性があります(上記の図表を参照)。大規模な移民減少に直面する国は数少ないため、豪州にとって他国の経験を参考にすることは困難です。もちろん、これが1年間に限った話であれば、その影響が長期に渡る事はありません。また、海外駐在の豪州国民が帰国することで、短期的に影響が相殺される可能性もあります。しかしながら、失業率は当分の間高い状態が継続する見込みで、新型コロナ感染の観点から安全な移民の受け入れが可能になった場合でも、連邦政府にとって移民を素早く以前の水準に戻す事は政治的に困難となるでしょう。1990年代初期のリセッション後2000年代半ばまで、ネット移入者の数は年間9万人と低水準となっています。これら全てからは、住宅需要、そして住宅価格が長期に渡り抑制された状況となる事が示唆されています。

- 最後に、大規模な在宅勤務へのシフトも住宅価格に大きな影響を与える可能性があります。コロナ禍以前、ゆっくりとしたペースで導入が広まっていた在宅勤務ですが、ロックダウンやソーシャルディスタンシング措置の経験から、ホワイトカラーの多くで在宅勤務が可能であり、生産性にも良いことが証明されました。もちろん、フルタイムでの在宅勤務には、チームの団結力や企業文化、若手タレントの育成、突発的なアイデア交換の機会が少ないなど課題があることから、在宅とオフィス勤務を組み合わせたハイブリッド型が基本となるのではないでしょうか。また、マンションではなく広いスペースが確保されている住宅の方が在宅勤務に適していると言えます。これらの点についても、住宅需要に革命をもたらす可能性を秘めており、私が人から聞いた話によると革命は既に起きていると言っても良いかもしれません。ということは、住宅需要はCBD近郊で後退し、相応のコミュニティや環境整備が整った郊外や地方中心部で増加すると考えられます。これを受けて、物件が割高なシティ中心部優勢の構図が崩れ、小スペースでも中心部近郊の生活を好むここ数十年に渡るトレンドが一転することになります。オフィス物件の一部(そして、ネットショッピングへの移行から影響を受けた一部の小売物件)を住宅へと用途変更することで、住宅供給の強化を図るという事も考えられます。シティ中心部から地方コミュニティへの分散を促すことで、住宅アフォーダビリティは時間とともに劇的な改善を見せるでしょう。
最後に
新型コロナウイルスとの闘いは終わっていませんが、過去のショック局面からも明らかな通り、これを乗り越え、正常さを取り戻す日が必ずやってきます。息の長い影響として考えられるのは、豪州における住宅アフォーダビリティ問題の改善です。住宅市場のクラッシュによってこれが現実化するというのは当社のベースケースではありません(これは負の資産効果をもたらすことから、経済にとって良い結果ではありません)が、(来年にかけた上昇回帰後)長期に渡る緩やかな住宅価格の上昇という形で実現する可能性があると言えるでしょう。
-
重要事項
-
この文書に含まれる情報は一般的な情報の提供のみを目的としてAMP Capital Investors Limited(ABN 59 001 777 591, AFSL 232497)(以下「AMPキャピタル」といいます。)が作成したものです。これは現地において適用される法令諸規則や指令に反することとなる地域での配布または使用を意図したものではなく、かつ、特定の投資ファンドまたは投資戦略への投資を推奨、提案または勧誘するものではありません。読者は、この情報を法的な、税務上の、あるいは投資に関する事項の助言と受け取ってはなりません。読者は(この情報を受領した地域を含む)特定の地域において適用される法令諸規則その他の要件に関して、並びにそれらを遵守しなかったことにより生じる結果について、専門家に意見を求め、相談しなければなりません。この文書の作成に当たっては細心の注意を払っていますが、AMPキャピタルあるいはAMPリミテッドのグループ会社は、予測を含むこの文書の中のいかなる記述についても、その正確性または完全性に関して表明又は保証をいたしません。脚注に示される通り、この文書中のいくつかの情報は、当社が信頼できると判断する情報源から取得しており、現在の状況、市場環境および見解に基づいてます。AMPキャピタルが提供した情報を除き、当社はこの情報を独立した立場で検証しておらず、当社はそれが正確または完全であることを保証することはできません。過去の実績は将来の成果の信頼できる指標ではありません。この文書は一般的な情報の提供を目的として作成したものであり、特定の投資家の投資目的、財務状況または投資ニーズを考慮したものではありません。投資家は、投資判断を行う前に、この文書の情報の適切性を考慮し、当該投資家の投資目的、財務状況又は投資ニーズを考慮した助言を専門家に求めなければなりません。この情報は、その全部または一部であるかを問わず、AMPキャピタルの書面による明示の同意なく、いかなる様式によっても、複製、再配布あるいはその他の形式で他の者が入手可能な状態に置いてはなりません。