現状
新型コロナウイルスの感染拡大による景気後退を受けて、不動産における重要な問題は流動性とバリュエーションです。今回も、9.11同時多発テロ時と同様に、急激に冷え込んだ後に素早い回復を見せると予想しています。
新型コロナウイルスが発生する以前を振り返ると、世界の不動産投資額は1兆米ドル、ドライパウダーは3,500億米ドル規模と、流動性は潤沢にありました。足元において、投資資金はWALE(加重平均賃貸借残存年数)が長期の案件やオポチュニスティックな案件に向かっています。また、割安となっているREITがコアやオポチュニスティックの買い手から注目を集めていますが、流動性へのアクセスがある点や過去と比較してギアリング水準が低くなっていることからも、今のところ投げ売りの圧力は確認されていません。足元で登場してきているのは、オポチュニスティックな掘り出し案件を模索している富裕層個人やPEファンドの買い手です。
オフィス・セクターでは、外出禁止や閉鎖によってパフォーマンスが短期的に影響を受けるものの、一部市場における供給の延期や低い空室率を受けて見通しは堅調です。小売セクターの見通しは、閉鎖等による短期的なマイナスのインパクトを背景に、厳しい状況となるでしょう。食品配送やオンライン小売に関連する物流は、長期の成長が見込まれることからも、魅力的なセクターです。不動産市場全体で見ると、より中期ではインカムを中心としたリターンへの圧力が高まるものの、その後は力強い回復を見せると予想されます。
まだ時期尚早ではあるものの、低金利と大規模な政府刺激策に支えられ、コロナ危機終息後における回復はシャープなものとなるでしょう。
セクター別にみる新型コロナウイルスの影響
各セクターにおける短期的な影響は次の通りです:
全セクター
- +低ギアリング、貸し手の分散、潤沢な流動性からも、バランスシートは世界金融危機(GFC)時よりも健全な状態
- +インカムの多くは契約に基づく賃料
- +/-案件取引の減少によってアルファ創造の機会が減少するも、価格のボラティリティ低下に寄与
- -サプライチェーン混乱を受けた開発の遅延
小売
- -来客者の減少による売上減、収益性を圧迫
- -シャットダウンによるキャッシュフローの減少がショッピング・センターの生産性にも影響
- -サプライチェーン混乱を受けた小売事業者の在庫問題
- -見通し不透明感によるテナント需要やリーシング契約締結の減少
オフィス
- +専門サービス企業の多くはある程度の営業を継続しており、大手企業破綻の可能性は低い
- +/-サプライチェーン混乱による開発の遅れは、開発収益に悪影響を及ぼすものの、ストック供給リスクにとってはプラス
- -グレードの低い不動産を中心に、空室率とインセンティブ提供への圧力
産業用
- +食品製造や冷凍冷蔵倉庫、家庭用必需品、医療品製造の需要が旺盛
- -国内景気と物流の後退による需要の冷え
- -入居需要の後退を受けた投機的な開発への圧力
より長期の影響は次の通りです:
全セクター
- +リスクフリー・イールドは低水準が維持される
小売
- -Eコマース普及と成長の加速
オフィス
- -自宅勤務の拡大
産業用
- -資本力に乏しい投機的な開発が行き詰まるリスク
流動性とバリュエーションへの短期的(3-6か月)な影響
流動性
銀行からのサポートもあり、GFCの様な差し押さえは確認されていません。不動産ファンドにおけるギアリング水準は28%程度と、GFC時の47%よりも低くなっています。世界の不動産投資額は1兆米ドル、ドライパウダーは3,500億米ドル規模あり、市場の流動性も過去最高水準です。貸し手や投資家の選好はコア戦略へと向かい、質への逃避が見られています。コア不動産は数少なく、手放す投資家も見られないことから、価格圧力の観点からもプラスです。ここで買い手として登場してきているのは、アロケーションに迫られるコア投資家や、オポチュニスティックな掘り出し案件を狙う富裕層個人やPEファンドです。多くの投資家は、長期のWALEを選好しています。
バリュエーション
賃料の減額など、市場データが不十分であるため判断が難しい状況ですが、豪州のコア不動産に対する資金需要はまだ健在であり、これが今のところバリュエーションのサポート要因となっています。オフィスや投機的な物流アセットの供給が保留となっている点は、賃貸市場にとってプラスです。今後12か月におけるインカム成長は低水準となる見通しで、今後バリュエーションにこれが反映されてくるでしょう。しかし、銀行らはバリュエーション評価を要求しておらず、とりあえずは様子見の状況のようです。また、投げ売りも確認されていません。
コロナ危機を受けた消費者の反応とカテゴリーリスク
リスクの動向を考える上で重要となるのは消費者行動です。各セクターの分析からは、実際のところ小売売上が伸びていることが分かっています。オンライン小売は+10%と、予想していた程ではありませんでした。リージョナル規模以上の大型ショッピング・センターにおける売上の伸びは僅か4%にとどまっており、消費者はスーパーマーケット1-2店舗やコンビニエンスストアを備えた小規模のショッピング・センターを好んでいるようです。今後最大の伸びを見せるのは生活必需品で、その他の裁量消費やエンターテインメント、輸送などは低下が見込まれます。このトレンドは今後も継続する見通しで、その他の裁量消費の後退がより鮮明となるでしょう。
分野別にみると、医療サービス、スーパーマーケット、薬局は低リスクのカテゴリーですが、食品小売や食品ケータリングのリスクは中程度、最もリスクが高いカテゴリーは、衣料品、ディスカウント・ストア、エンターテインメント(映画やゲームセンター)、旅行などとなっています。
しかし、多くの企業や小売テナントはコロナ危機の影響を見極めている最中であり、シャットダウンからの影響も出るなど、状況は刻々と変化しています。
オフィス市場の後退局面
過去40年間においてシドニーCBD市場が後退した局面は5回(オイルショック、90年代のリセッション、ITバブル、GFC、欧州債務危機)あります。その要因は様々でしたが、最終的にはオフィス市場に需要が戻るという似たような結果に落ち着いています。極めて深刻な景気後退が発生するタイミングとしては、今は悪い時期ではありません。なぜなら、豪州オフィス市場は極めて堅調な状態にあるからです。西海岸の主要市場の多くでは極めて低い空室率と力強い賃料の伸びが続いており、パースやブリスベンもコロナ危機以前から力強い回復を見せています。

オフィス需要への影響
オフィス市場における調整局面は、一般的にシドニーで2-3年、メルボルンで12-18か月程度継続する傾向にあります。過去平均で見ると、テナントが入居している稼働スペースの縮小幅は、シドニーで3.4%、メルボルンでは僅か1.7%となっています。そして、過去の調整局面後には、もれなくオフィス需要の力強いリバウンドが続いています。平均で見ると、後退局面後の2年間で、稼働スペースはシドニーで5.6%、メルボルンで5.5%の伸びを記録しています。まだ時期尚早ではあるものの、コロナ危機を受けた深刻な後退場面は6-9か月続く見通しです。

オフィス賃料への影響
過去の後退期における市場賃料の動きはまちまちでした。ITバブルとGFCには大きく下げたものの、欧州債務危機(そしてGFC時のメルボルン)では軽度の下落にとどまっています。このコロナ危機において、豪州オフィス市場はGFC時よりも良好な状態にあり、テナントも多様化しています。とはいえ、テナントが選好するのはシドニーよりもメルボルンとなる見通しで、機関投資家マネーがメルボルン市場をサポートするでしょう。より規模の大きいシドニー市場は海外投資家需要も高いため、ボラティリティが高くなる傾向にあり、空室率にも影響が出やすくなっています。


オフィス市場の空室率シナリオ
シドニーCBDとメルボルンCBDにおける空室率はそれぞれ過去最低の5.0%と3.4%と、過去の後退期よりも比較的良いポジションにあります。過去のデータに基づく最悪のシナリオとして、シドニーで9.1%、メルボルンで8.5%へと空室率が低下する可能性があります。しかし、供給が後退する場合には空室率の下げは小幅にとどまるでしょう。なお、空室率の長期平均は、シドニーで6.5%、メルボルンで5.5%となっています。メルボルン市場では今年、大規模な供給が見込まれていますが、そのうち90%近くは事前契約を獲得済みであり、既存テナントからのコミットメントを含めると、余剰スペースを除く新規需要量(ネット・アブゾープション)は120,000平方メートル近くに上る見通しです。


バランスシートと案件取引の状況
コロナ危機において検討すべき重要なポイントは、バランスシートの状況、取引のモチベーションや資金の源泉が何であるかです。コロナ危機が始まる前、キャップレートは小売セクターを中心に低下し始め、産業用やオフィスでは上昇が継続していました。イールドが高めのコアオフィスを中心に、イールドカーブは今後フラット化する見通しです。コロナ危機の深刻さを考えると、キャップレートは今年更に圧縮するでしょう。また、投資先送りが見込まれることからも、案件取引は大きく減速するものの、オポチュニスティックな案件が増加すると予想されます。資金とキャッシュポジションが積みあがっていることからも、案件が市場から消え去るという事は考えられません。
よりグローバルで見ると、不動産市場の現状は12年前とは大きく異なっています。多くの機関投資家マネーがエクイティに投じられてきたことからも、ボラティリティの影響はそれ程ではないと考えられます。
ギアリングは15年ぶりの低水準にあります。GFC後、A-REITは比較的プルーデントな資本管理を行ってきています。インカムに基づくクレジット指標(EBITDA純有利子負債倍率、インタレストカバレッジ)は、格付企業が示す許容水準を下回っています。債務の加重平均満期は全セクターで4.6年、今後12か月で満期を迎えるものはセクター平均で3.8%近く、今後3年で満期を迎えるものは同3%近くとなっています。


投資家の選好
2019年における興味深いトレンドは、投資家の選好が小売から産業用へのシフトしたことです。このトレンドは今後更に加速する兆しが見え始めています。コロナ危機後には、より多くの資金がロジスティクスやオフィスに投じられる見通しです。小売セクターにおける投資活動は活気を欠いた状況が続くでしょう。

まとめ
まだ時期尚早とはいえ、不動産市場では明らかな兆候が出始めています。
小売セクターでは、コンビニエンスストアや生活必需品、政府刺激策に関連する分野で力強い成長が見込まれます。
今後の展開に注目したいのは物流セクターです。ネットスーパーにおける販売が停止となってことからも、サプライチェーンの整備が不十分であると考えられ、今後はこの強化に際する需要の高まりが見込まれます。
一方オフィスセクターでは、在宅勤務に疲れ、オフィス出勤の再開を望む人が多く存在します。在宅勤務は今後の働き方における重要な一部となるものの、より柔軟な考え方や対応が必要となるでしょう。オンライン小売と実店舗に対するミレニアル世代の考え方と同じように、人々にとってオフィスは重要な存在であり続けると考えられます。
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