主なポイント
2019年におけるマクロプルーデンス政策の緩和は、住宅価格回復の背景にある要因の一つです。
足元の回復基調が一服した後には、住宅価格は5%程度の上昇を記録すると見込んでいますが、シドニーとメルボルンで価格の伸びが加速している点はアップサイドのリスクです。
住宅価格の上昇が新たな金融安定リスクを引き起こす場合には、マクロプルーデンス政策の再活用というシナリオも考えられます。最大のリスクは、家計債務水準の高止まりです。しかし、負債所得比率(DTI)と有利子負債比率(LTV)にキャップ(上限)を設ける制度や貸出限度枠は、住宅市場により多くの歪みをもたらすことになるでしょう。
家計債務水準が高いということは、経済環境が悪化する局面では特に、債務返済能力への影響が懸念されます。マクロプルーデンス政策においては、貸出基準の厳格化を通じて住宅ローン返済能力をコントロールすることに引き続きフォーカスすることが得策だと考えられます。
はじめに
金融政策と財政政策は、経済テコ入れにあたり政策当局が活用する手段です。低金利環境を背景に生じているリスクの一部を相殺するツールとして、マクロプルーデンス政策の人気が高まっています。マクロプルーデンス政策は、金融安定リスクの管理を扱うものであり、一般的にクレジットや債務拡大の抑制、貸出基準の厳格化、銀行規制の引き締めを指します。このレポートでは、豪州のマクロプルーデンス政策に関する主な問題を取り上げます。
豪州とマクロプルーデンス政策
豪州でマクロプルーデンス規制の管理を担当するのは豪州健全性規制庁(APRA)であり、豪州準備銀行(RBA)もその協議に参加しています。2013年から2016年にかけて、政策金利の度重なる引き下げと(主にニュー・サウス・ウェールズ州とビクトリア州における)住宅供給不足を受けて、住宅価格が急騰しました。規制当局にとって、投資家向け融資と当初利息分のみを返済するインタレスト・オンリー(IO)ローンの急増が懸念点として浮上したことから、これら住宅市場のリスクに対応するために、2014年後期以降、APRAは様々なマクロプルーデンスの取り組みを導入しています。新規住宅ローンの返済能力を評価するにあたっては最低7%の金利を想定する規制、平均家計支出や全体の債務水準に基づくローン申込者審査の厳格化、銀行に対するより手厚い資本バッファの要求、IOローン貸出の制限などが、この例です。

マクロプルーデンス政策の引き締めによって、高リスクなIOローンの割合は、2015年ピーク時の40%程度から約24%へと大幅に低下しました。

APRAは2017年、投資家向け融資制限の一部を排除し始め、家計支出や総債務残高を厳しく審査することで、より持続可能で定性的な融資規制への移行を図りました。5月には、返済能力評価時において最低7%の金利を想定する規制を廃止しています(これを受けて、世帯借入能力が10-15%程度向上しています)。この様な緩和措置が取られたにもかかわらず、融資基準は未だ数年前よりも厳格なレベルが維持されています。
足元の豪州住宅サイクル
豪州の住宅価格は、今年6月に底入れしました。これは、RBAの連続利下げや貸出基準の若干の緩和、与党・保守連合(自由党と国民党)による総選挙勝利を受けたもので、後者に関してはネガティブ・ギアリング制度やキャピタル・ゲイン税控除制度の縮小といったリスクが排除されたことによるものです。その後、シドニーとメルボルンでは住宅価格の伸びが加速しており、足元では年率20%程度に達していることから、持続不可能な住宅価格の上昇と家計債務の更なる膨張に対する懸念が再び浮上しています。RBAが利下げを継続する(そして、来年は量的緩和に乗り出す)限り、住宅価格は上昇を続ける可能性が高いとみられます。とはいえ、貸出基準はタイトで、豪州住宅に対する海外需要は低く、景気が弱含んでいる(失業率は今後上昇を見込んでいる)ことからも、住宅価格の高騰は抑制されるでしょう。足元の回復基調が一服した後には、住宅価格の上昇は5%程度となると当社では予想しています。

今後活用される可能性があるマクロプルーデンス政策のツールとは?
豪州で近年活用されてきたマクロプルーデンス政策によって、投資家向け融資関連のリスクが低減されました。一般的に、投資家の方がレバレッジは高く、IOローンを利用する場合が多いこと、そして市場低迷時にエグジットする可能性が高いことからも市場悪化に拍車をかけることになりかねないため、投資家向け融資の割合が大きいほどリスクが高いと考えられています。しかし、これらのリスクを相殺する要因として、豪州住宅市場の投資家は、一般的に収入や富の水準が高く、税金対策の観点からもIOローンを活用する傾向にあります。足元における住宅価格の上向きは、投資家動向によるものではないとみられます。

現時点でより懸念されるのは、全体的に家計債務水準が高い点(これらは主に住宅ローン)で、世帯可処分所得の190%に達しています。これは、世界主要国と比較しても極めて高くなっています(とはいえ、この相対的に高い水準は当分の間継続しているものです)。この家計債務水準の高止まりを受けて、APRAが負債所得比率(DTI)と有利子負債比率(LTV)にキャップ(上限)を設ける制度を導入するのではないかという懸念が生じています。債務が所得の6倍超となる最も高リスクのローンは(新規ローンの15%程度と)小規模であり、新規ローンのうちLTVが90%を超えるものは10%未満と、よりリスクの高いローンの割合はここ数年で減少傾向にあります。

当社では、APRAがDTIやLTVのキャップ設定に動く可能性は低いと考えています。高い家計債務水準は問題ですが、それは住宅ローン返済能力が維持不可能となった場合の話です。この点は、それほどの問題ではありません。豪州における世帯可処分所得に占める利子支払いは、長年の間9%近辺で安定的に推移しており、政策金利引き下げという現在の局面において、これが上昇する可能性は低いからです。

DTIやLTV水準のキャップといった規制措置は家計債務水準の引き下げに寄与するものですが、マイホーム初回購入者、単身世帯、物件買い替え組は対象外となることから、住宅市場に不要な歪みをもたらすことになります。資金を調達できる借り手は、このルールをかいくぐる事ができるため、不平等という問題が発生する可能性があります。金融安定性の観点から言えば、(借り手の費用や総債務残高の分析を通じた)貸出基準の更なる厳格化や住宅ローン返済能力評価に際する最低金利の措置を復活させることは、市場をゆがめることなくDTIやLTVキャップと同程度の効果をもたらします。その先において金融安定性のリスクとなるのは主に世帯の返済能力であり、賃金が(年率僅か2%強で)伸び悩み、失業率は(今後数か月で5.5%程度へと)上昇が見込まれ、労働力の多くが不完全雇用(約13.5%)という環境下においては特に、景気悪化にどう反応するかです。住宅ローンの滞納率は現在1%未満と低水準にありますが、雇用市場(と賃金の伸び)が軟化する場合には、これが上昇する可能性があります。主要なマクロプルーデンス政策のツールとしてAPRAがフォーカスすべきは、個人の借り手を審査する際の貸出基準の更なる厳格化です。
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